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綿本ヨーガスタジオ提供 YOGA.jp - ヨガ・瞑想を知るホームページ

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聖なる夜に

 

暮らしの中のヨガ哲学

12月下旬とは思えないような過ごしやすい日々が続いていますが、もう少し肌寒い方がクリスマスらしい、なんて感じていらっしゃる方も少なくないのでは とお察しします。

とはいえ、東京の街は今年も美しいネオンに包み込まれ、北の国なんかではホワイトクリスマスを楽しんでいらっしゃる方も多いかとも思います。


そんな素敵な聖なる夜に、この綿本、ひとつの区切りを皆さまにお伝えせねばなりません。


2006年から徒然なるままに書き綴ってきましたこのコラム、2010年の締めとなる今日、ちょうど50回というキレの良さが手伝い、ひとまずはこれにてコラム完結とさせていただきたく、謹んで皆さまにご連絡いたします。


突然のご連絡で本当にすみません。

ウェブ上では別企画、またこういったトーンのコラム書籍化などの構想があり、つい先日決断させていただいた次第です。


キリストが生まれてから2010回目のお祝い(ミサ)の日である今日、このコラムを最後に、幕を閉じてしまうことになってしまうのですが、そんな訳で今回は少し壮大なテーマ、人の生と死について考えてみたいと思っています。


すでに様々な回で書き連ねましたが、私は子供の頃から「死」を異常なまでに恐れ、それをどうすれば避けることができるか、ということを延々と考え続けた変な子でした。


仏陀が残された言葉 「生老病死」 にあるように、人は生まれてきた以上は誰しもが必ずや老い、病み、そして死にゆくことを定められた存在。

この世に生まれてきた以上は、行く末に必ず死が待ち構えていて、それは思いもよらないような一瞬先に訪れるかも知れないし、まだ少しだけ先の話しなのかも知れない。


喩えるならば、私たちは生まれたその瞬間から、「死」というウイルスに感染したキャリア(ウイルス保持者)で、そのウイルスがいつ発病するか分からない状態に常にさらされながら生きている、ということもできるのです。


そんな死と隣り合わせの存在である私たちなのに、死というものが異常なまでに隠蔽されているこの時代、そしてこの日本。 死というリアリティがどんどん希薄になってしまっているように思います。

そしてそれが逆に、私たちが 「生きている」 という感覚を鈍らせている、とても大きな要因になっているように感じるのです。。


死というものを究極の現実として見据えればこそ、生きるということの在り方も変わってこようもの。
ヨガが目指そうとしている瞑想という代物も、その究極の瞑想状態とは荒く言ってしまえば 「小さな死」 ともいえる状態。

そんなプチ臨死体験ともいえる状態の中で、私たちは自分というものの所在を知り、本質を知る。

そして、死という状態をベースにして、あらゆる存在を見渡してみると、すべてのものが生き生きとしていて、キラキラと輝いて、有り難く感じられる。


そんな「死」を見据えた上での「生」というテーマについて、私は高校生の頃、毎日のように考えていたのを覚えています。

死ぬとどうなるのか、っていうことから、死を意識すればこそ、限りある命をどう生きればいいのか、っていうことに悩みの比重をシフトさせていった時期。
いかに生き長らえるかでなく、いかにこの生をまっとうするのか。


若い頃に散々好き放題遊んだ末、年を重ねるごとに不幸な生活へと埋没していくのか。

散々ストイックに何かを積み重ねた結果、最後の最後に幸せの瞬間をつかみ取ってから消えるのか。

そもそも、一生の中で、幸せだなぁって感じる瞬間の総量が最も大きい生き方ってのは、どういう生き方なんだろう、ということを考えたり。。


そんなことに答えを見出せないまま、とりあえずは人の脳のことをより深く学ぼうと、大学で人口知能を学ぶことを目標に据え、受験勉強に勤しんでいた高校三年生の綿本。

当時のその苦悩は、卒業文集の中に、名前も書かず、三年間の思い出の欠片もないような詩を書いて載せていたことからも、容易に思い起こすことができます。
ということで、勢いで載せてしまうことにします。。


『するめいか』
するめいかは、極普通の男の子だった。

するめいかは思った。

僕は一体何なんだろうか。

僕は今までずっとするめいかだったけど、おそらく十中八九は今後もするめいかだろう。

だがどうしてだろう。

それに僕は何のために生まれてきたんだろう。


するめいかは考えるのをやめた。

それは身の危険を感じたからではない。

結論が出ないことを知っていたからだ。

これを “のっとばっと構文” といって、構文150の227ページに詳しく書いてある。

だが、そんな事はどうだったいい。

どうだっていい事なんだ。


するめいかは夜空を見上げた。

なぜだか涙がぽろぽろ出てきた。

目を下ろすと、親父の のしいか が、せっせと働いていた。

その親父の姿が、涙のせいでゆがんで見えた。

するめいかは鼻をすすって呟いた。

「さぶいなぁ」




17歳から18歳に変わる季節。

どう生きればいいのか分からないまま、ただ大人になんかなりたくないと強く思っていたあの頃。


父がやっていたヨガってものが、その答えを示してくれるものだってことに気づいたのは、それから5年ほど過ぎた23歳の春、すべてが繋がったその瞬間、ヨガをして生きていこうと思った訳なのでした。


そんなヨガの道を歩み続けて来月で41歳。

ようやくバカボンのパパさんに追いつく時がきて、ここに来て心の底から本気で思うのは、自分を導いてくれたヨガってものを、なりふり構わず多くの方々に知ってもらいたいってこと。

こんな凸凹だらけの自分でもできること、自分だからできること。

多くの人と人との関わり合いの中で、ちっぽけなこんな自分が己の役割りを果たせること。


それは、日々己のヨガを深め、そしてそれを自分が生きている間に、精一杯多くの人にお伝えすること。


手段は選ばなくていい。

ダイエット法でもいい、肩こり解消法としてでもいい。


とにかく、できるだけ多くの人をその入り口にまで来てもらい、そこからヨガってもののエッセンスをあらゆるところに散りばめながら、よりディープなヨガの本質へとドップリと連れ込んでしまうこと。


きっとそれが、「するめいか」 を書き綴った18の冬に求めた答えなんだと思います。

死を見つめればこそ、いかに生きるかについて悩み、そこを経て自分自身の輪郭を見つめ直し、分を知り、そして、いま自分にできることを精一杯尽くす。

それが私の中での、「死」を見つめた「生」の結論であり、ヨガの結論でした。


そして、このコラムもその一つ。

締め切りに追われたり、一人よがりだったりしながら、面白くない記事もたくさんあったと思いますが、これまで末永く、このコラムを読んでいただいた方に、本当に熱く暑く厚く御礼申し上げます。


皆様方のお陰で、支えでこのコラムを書き続けることができました。


わが巨人軍は永久に。。。というフンイキになってきましたが、さておきまして、

これまで、本当にありがとうございました。


そして、皆さまのヨガが、これからも深まっていきますように。


with LOVE and give LOVE!


OM Shanti


and Merry X’mas


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